声明:泊原発運転差し止め判決の意義と全国の脱原発運動にもたらす波及効果について
泊原発廃炉訴訟弁護団
弁護団長 市川 守弘
脱原発弁護団全国連絡会
共同代表 河合 弘之
同 海渡 雄一
はじめに
さる5月31日、泊原発の運転差し止めを認める判決が札幌地裁(谷口哲也裁判長)で下された。
運転差し止めの根拠は、国の基準で求められている津波防護施設が存在しないという、きわめて単純な理由であった。この判決と全国の脱原発運動にもたらす波及効果についてまとめてみたい。
1 安全性を主張立証する責任は実質的には、被告電力側にあることを認めた
判決は、原発の安全性をめぐる司法判断の枠組みとして、安全性を主張立証する責任が、実質的に、被告である電力会社側にあることを認めた
すなわち、判決は、「原子力発霞所は、原子力規制委員会が策定した安全性の基準に不合理な点がない限り、当該基準を満たす場合に、安全性を具備すると考えられる。
そして、原子力発電所が必要な安全性を欠いており、人格権を侵害する具体的危険があることは、本来、その運転の差止等を求める原告らが主張立証すべきであるが、原子力発電所が原子力規制委員会の策定した基準を満たすか否かについては、当該原子力発電所を保有し運用する被告において知見や資料を存することから、上記主張立証責任の帰属にかかわらず、まず、被告の側において、当該原子力発電所が、上記基準が求める安全性を満たしており、事故による周辺住民に対する人格権復害のおそれがないことを相当の資料、根拠に基づいて主張立証する必要があるというべきであり、被告がこれを尽くさない場合には、当該原子力発電所が自然現象に対する安全性を欠くものであり、それによって予想される事故により被害を受けるおそれがあると認められる範囲の周辺住民について、人格権侵害のおそれがあることが事実上推定される。」と判断した。
このような判断の枠組みは、全国の原発訴訟において原告側が主張してきた論理が受け容れられたものと評価できる。
2 裁判所が国の審査待ちで裁判が膠着するようなことは認めないと判断した
北海道電力は、自分達の従前の主張で原発は安全だ、ただし、原子力規制委員会の審査をクリアーするのを待って詳しい主張をする、人格権侵害の立証責任は原告にある、と主張してきた。
これに対し、判決は次のように述べ、国の審査を待って主張するという北海道電力の主張を排斥した。
「原子力発電所の運転の可否に関する訴訟においては、科学的・技術的知見を踏まえた慎重な検討が必要であり、地域社会への安定的な電力の供給という社会経済活動とも密接に関連するものでもあるから、紛争の実態に即した適正妥当な解決という民事訴訟の目的のために、各当事者が必要とする合理的な準備期間を確保する必要がある。しかしながら、本件においては、それを考慮しても、上記のとおり長期開が経過してもなお被告が主張立証を終える時期の見通しが立っておらず、この状況で審理を継続することは、原告らに対し、いつ明確になるか分からない、あるいは審査会合の状況によって変更され得る被告の主張立証に延々と対応することを余儀なくするものであって、これを訴訟上正当化することは難しいと考える。口頭弁論終結後に安全性に関する事構が変化する事態が仮に生じた場合には、請求異議の訴え等によって、事後に、その変化をも踏まえた実態に即した解決を図る方法もある。当裁判所は、これらの諸事情を考慮して、審理の継続は相当でないと判断し、判決をするものである。」
まさに、北海道電力による主張立証のサボタージュを厳しく指弾する判決であり、北海道電力にとっては、朝日新聞社説(6月2日)が正しく指摘するように、「自ら招いた差し止め」というしかない。
これまで、原告の請求を認めた判決と決定は8件あるが、福井地裁の大飯原発差し止め判決を除くすべての事件で原子力規制委員会の判断がなされた後に裁判所の判断が示されている。
大間原発の函館地裁の判決は、審査中に証人尋問まで行って司法判断が示されたが、まだ審査中であり、当面動く見込みがないので、原告らが事故によって被害を被る可能性はないとして、原告の請求が棄却されるという、恐ろしい肩透かし判決であった。
これに対して、今回の札幌地裁判決は、大間訴訟の函館地裁判決と異なり、行政の判断と別個に司法としての判断は可能であるとした。
泊原発は既に完成して使用済み燃料も施設内にあることなど、大間とは異なるが、電力会社が原子力規制委員会での審査中であることを盾に、まともに訴訟に対応しないやり方に裁判所が明確にレッドカードを突き付けたといえる。
このような判断は、国の審査結果が示されず、訴訟が膠着状態となっている、浜岡、志賀、大間の原発訴訟に、直接影響する可能性がある。
3 津波問題で初の差し止め判断
また、この判決は、津波問題で、原発の安全性を認めなかった初の司法判断と言える。判決要旨では次のように述べている。
「泊発電所の敷地は、T.P.(東京湾平均海面)+10mの高さにあり、原子炉容器や使用済燃料貯蔵施設などといったSクラスに属する設備を内包する建屋は、全て同敷地に存在するから、泊発電所が津波に対する原子力規制委員会の安全性の基準(設置許可基準規則5条1項) を満たすためには、基準津波がT.P.+10mを超えないこと、又は、防潮堤等の津波防護施設及び浸水防止施設を有し、かつ、それが基準地震動による地震力及び入力津波に対して津波防護機能を保持できることが必要になる。
泊発電所の基準津波及び入力津波は、適合性審査が継続していることもありいまだ確定していないが、すくなくとも従前の被告の主張等に鑑みて準津波の敷地前面最大水位上昇量が+12.63m、同所での入力津波の最大水伎がT. P.+13.8mであると認められる。
これは、敷地の高さを上回るから、泊発電所においては、基準地震動による地震力及び基準津波に対して津波防護機能を保持することのできる津波防護施設の設置が必要になる。
この津波防護施設について、被告は、泊発電所には既存の防潮堤が存在することや、同防潮堤の地盤に液状化等が生じる可能性が低いことを主張するが、原子力規制委員会から指摘され、原告らも主張する地盤の液状化や揺すり込み沈下が生じる可能性がないことについて、被告は、相当な資料によって裏付けていない。
また、被告が今後建設予定であるとする新たな防潮堤についても、高さをT. P.+16.5 mとすること以外に、構造等が決まっていない。
そのため、本件口頭弁論終結時において、泊発電所について、基準地震動による地震力及び基準津波に対して津波防護機能を保持することのできる津波防護施設は存在しておらず、設置許可基準規出5条1項が定める津波に対する安全性の基準を満たしていない。
そうすると、泊発電所が津波に襲われた場合に予想される事故による人格権侵害のおそれが推定され、この推定を覆すに足りる証拠はない。」
とてもシンプルで、北海道電力としては言い返す余地がない判断と言える。
4 津波以外の争点について、避難問題を含めて、原告の主張立証は排斥されていない
原告側が主張していたその他の論点については、泊原発が、津波防護対策を欠いていることが明かであるから、その余の点について判断するまでもないとして判断は示していない。原告は、地震、断層、火山の論点でも負けていないのである。
さらに判決の18-19ページには次のような記載がある。
「原告らは、本件各原子炉の運転による原告らの人格権侵害のおそれを基礎付ける事実として、第2、6のとおり、主として、(1)敷地内地盤の安全性、(2)地震に対する安全性、(3)津波に対する安全性、(4)火山事象に対する安全性及び(5)防災計画の適否に関する事実を主張する。
そして、これらは、いずれも、原子力規制委員会が定める安全性の基準等に関連し((1)ないし(4)は設置許可基準規則、(5)は原子力防災対策指針に関連する)、本件各原子炉を運転するためには、その全てについて上記基準等に係る安全性の要請を満たす必要があるものであって、いずれか1つの点においてでも安全性に欠ける場合には、そのことのみをもっても、人格権侵害のおそれが認められることになる。」
この判示は、明らかに、適切な防災計画のない場合は、それだけで運転を差し止めるべきと判断するものである。このような判断は東海第二原発について昨年の水戸地裁判決に続く2例目の判断である。
全国の原発訴訟では、ほぼ例外なく避難計画の適否が争点とされており、このような判断が続いたことは、これらの訴訟にも大きく影響するだろう。
5 請求を認容した原告を施設から30キロ圏内に住む住民に限定した点について
請求を認容した原告を施設から30キロ圏内に住む住民に限定した点は、避難計画の不備を理由に差し止めの判断をした水戸地裁の判断に影響されたと考えられるが、もんじゅの最高裁判決(80キロ)よりも後退しており、近時は250キロ圏内の住民に適格を認めている例もあることからしてその判断には疑問がある。
しかし、判決が請求を認容した原告を限定した背後には、同原子炉が長く停止しており、原子炉中に残存している使用済み燃料の崩壊熱も低下しているとの北海道電力の主張を考慮したとも考えられ、現に稼働中の原発の運転差し止めを求めている訴訟には先例とすべきでない。
6 結論
朝日新聞の前記社説は、冒頭に「自らの原発の安全性をしっかり説明できない者に原発を動かすことを認めるわけにはいかない-。だれもが納得できるまっとうな判断である」と述べている。まさにこの通りである。
また、北海道新聞の社説(6月1日)は、「津波対策の不備による運転差し止め命令はこれが初めてだ。訴えに真摯に向き合う姿勢を欠いた北電側が自ら招いた結果だろう。…(中略)…福島の事故で原発の安全神話が崩壊し、国や電力会社の論理より住民に軸足を置く司法判断の流れは今後も強まる可能性がある。」と論じている。これもまたその通りである。
北海道電力は、すでに控訴の意向を示しているが、北海道電力が国民と裁判所に説明責任を果たしてこなかったことは紛れもない事実である。北海道電力が泊原発の稼働を目指すとしても、まずは、この判決を受け容れて確定させ、国の原子力規制委員会の納得する安全性を証明してから、この判決に対して請求異義の訴訟を起こすのが常識的な対応だろう。
前記の北海道新聞社説はさらに、「脱炭素化で再生可能エネルギー重視を打ち出す政府は20年後、道内に泊3基の最大7倍に及ぶ出力の洋上風力を整備する方針だ。今後は豊富な電力を道外にどう送電するかが課題になる。ベースロード(基幹)電源を他に確保すれば原発に固執する必要もない」「これ以上原発に傾斜するのは道民にとって不安が募る。北電は判決を機に認識を改めるべきだ」と指摘した。地元紙の社説が北海道電力に対して、原発に固執する必要がないと述べたことの意義は大きい。これはまさに、今回の裁判で、原告らが求めたことに他ならない。
私たちは北海道電力に対し、この判決を機に、会社として脱原発への経営判断をするべきであることを強く訴える。
最後に、札幌地裁の谷口哲也裁判長らが、上記のようなまっとうな原告勝訴の運転差し止めの判断を導いたことに心から敬意を表したい。
以 上
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