瀬木比呂志氏の意見書の提出について
現在、四国電力伊方原子力発電所に対して、3件の運転差止め訴訟が提起され、4件の運転差止め仮処分が申請されています。
伊方原発は佐田岬半島の付け根部分にあり、北側の伊予灘には、国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」があり、世界で最も危険な原発とも言われていますが、規制委員会は規制に適合していると判断し、2016年8月12日に伊方原発3号機は再稼働しました。しかし、裁判の審理を通じて、新規制基準の不合理性、申請内容および審査の杜撰さ、伊方原発の危険性が明らかになっています。
本年3月30日広島地方裁判所民事第4部(吉岡茂之裁判長)は、伊方原発3号機の運転差し止め仮処分について、住民側の申し立てを却下しました。住民側は4月13日に即時抗告しました。現在、仮処分は、広島高等裁判所(即時抗告審)、松山地方裁判所、大分地方裁判所、山口地方裁判所岩国支部に係属しています。
このたび、住民ら(債権者・抗告人)は、瀬木比呂志氏の意見書を提出することになりました。瀬木氏は民事訴訟法(特に民事保全法)研究者・元裁判官の視点から、広島地裁の決定の司法審査の在り方や説示の内容が、法律論として不合理であり、論理的にも破綻をきたしている部分が多く存在するなど大変大きな問題があるとの意見を述べています。司法が国民から大きな注目を集める中、広島地裁決定や大阪高裁決定(3月28日)のようなお粗末な判断が続いたことに対して、長年司法に携わってきた者として、到底見過ごすことができないという思いから執筆いただいたものです。5月26日、松山地方裁判所に係属の仮処分事件において、本意見書を提出いたしましたので、意見書骨子を掲載いたします。
追記:意見書の全文を、瀬木さんの承諾を得てアップしました。 23/9/15New
瀬木比呂志意見書全文(PDF) 23/9/15New
瀬木比呂志 意見書骨子
1 伊方原発3号機に関する広島地裁平成29年3月30日運転差止仮処分却下決定(以下「本決定」という。)は,法律論として不合理で,論理的にも随所に破綻がみられ,民事訴訟法研究者として,また,元裁判官として,是認し難い。
2 本件のような人格権侵害に基づく民事訴訟としての原発運転差止仮処分にあっては,その一般原則に従い,差止めを求める住民側において,人格権侵害の具体的危険が存在することの主張,疎明を尽くしたか否かが審理,判断されるべきである。ここでいう疎明の程度については,生命や身体への大きな侵害の危険性が存在する本件のような事案においては,通常の疎明よりも軽いもので足り,債権者住民側は,人格権侵害の具体的危険性が一応存在することの疎明に成功しさえすれば,疎明を尽くしたものと評価すべきである。
3 本決定は,「司法審査の在り方が裁判所や事件ごとに区々になることは望ましくない」との理由から,その判断枠組みについて,無批判に,問題の大きい福岡高裁宮崎支部決定に従うべきとしているが,英米法にいうような先例(判例)拘束性の認められない日本の法体系の下でこのような考え方を採ることには,何の根拠もない。
4 仮に,本決定のいうように,疎明の負担を事実上転換させるというのであれば,転換後に債務者事業者の行うべき疎明の程度は,先のことの裏返しとして,通常の疎明よりも相当程度高いレヴェルのもの,証明に実質的に近いレヴェルのものとなるべきである。
5 ところが,本決定は,事実上の主張,疎明責任を債務者に転換するかのような説示を行いながら,具体的な判断過程においては,債務者側の疎明責任を軽減し,一方,債権者に対しては,行政訴訟である伊方最高裁判決や過去の多数の棄却,却下判例に引きずられてか,ほとんど証明のレヴェルないし限りなくそれに近いレヴェルの疎明を要求し,さらに,場合によっては,事実上その疎明が不可能な事柄についてまでこれを強いるような判断を行っている。これは,民事訴訟と行政訴訟を混同するものであるという点を含め,全体として,きわめて不合理といわざるをえない。
6 本決定は,基準地震動策定の合理性(争点3)に関する部分の随所において,本件基準地震動策定に係る債務者の判断が不合理であるとの確信・心証を得るためには証人尋問が必要であるところ,証人尋問は仮処分(保全)命令手続になじまないとして,結局,債務者の判断が不合理ではないと結論付けているが,これは,民事保全法の一般的な解釈と異なる,明らかに誤った考え方である。民事保全命令手続においても,疎明の即時性に反しない限度で,たとえば同行証人・参考人の尋問を行うことができることは通説であるし,本件のように債権者の生命や身体への危険が問題となっている事案においては,さらに,口頭鑑定や事実上それに等しい証人尋問の活用もありえてよい。こうした生命や身体の危険性に関わる事件については,国民・市民保護の見地から手続は柔軟に考えるべきであるという学説は,日本のみならず,ドイツやアメリカにおいても,ごく一般的なものであり,常識である。
7 本決定は,火山事象の影響による危険性(争点9)に関して,立地評価に関する原子力発電所の火山影響評価ガイド(以下「火山ガイド」という)の定めにつき,「検討対象火山の噴火の時期及び規模を相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点で不合理である」と明白にその問題点を指摘しながら,一方では,みずから不可能であると断じたはずの破局的噴火発生の可能性を立証することを債権者側に強いており,明らかに不合理である。
8 なお,本決定とほぼ同時期に出された高浜原発に関する大阪高裁決定は,失われた「安全神話」の上にあぐらをかくものというほかない。同決定は,前述した仮処分における原則を無視し,福島第一原発事故によって信頼を失った行政庁の専門技術的判断を過度に信頼し,事業者側は実質的に適合性審査に合格したことを主張立証すれば足りるとしたため疎明負担を事実上転換した意味が全くなくなっているという各点において,極めて不合理,無節操である。
9 本意見書で述べたことは,すべて,ごく当たり前の法律論,解釈論である。一方,本決定は,結論から理由や判断枠組みを逆算し,独立してみずからの良心と法に従って判断を行うという姿勢を忘れ,ほとんど読むに堪えない惨憺たる説示を繰り広げている。福島第一原発事故後,司法が原発を止めた福井地裁判決・決定や大津地裁決定などの影響もあり,司法が国民の大きな注目を集める現在,広島地裁決定や大阪高裁決定のような大変お粗末な判断が続いたことは,民事訴訟法,民事保全法,法社会学の研究者として,また,長年裁判実務に携わってきた者として,到底見過ごすことができない。
10 今後,本決定の即時抗告審をはじめ,司法が,ごく当たり前の常識,法律家のみならず他分野の知識人たちの常識や正義の感覚にもかなった審理を行い,また,そのような常識や正義の感覚にかなった,適切かつ公正な,そして勇気ある判断を,淡々とかつ厳正に下されることを,心から願い,信じてやまない。
以上
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