司法を通じた脱原発の闘いの潮目が変わった
-関西電力・大飯原発設置許可取消判決と生業訴訟・仙台高裁判決の画期的な意義-
海 渡 雄 一
(脱原発弁護団全国連絡会共同代表)
1. 完全に斜陽化した原子力産業
現在、原発の再稼働が認められているのは関電と九電と四国電力の9機のみである。東電、東北電力、北海道電力、中部電力、北陸電力、中国電力では動いている原発は一基もない。定期検査以外にも、特定重要施設の未設置、仮処分決定など様々な理由によって、稼働できなくなっている。
2019年 (暦年)の日本国内の全発電量(自家消費含む)に占める自然エネルギーの割合は前年の17.4%から18.5%に増加している。これに対して、原子力によって供給された発電量は2019年には全発電量の6.5%となったが、まだ太陽光の発電量の割合7.4%より低いレベルである。
2. 腐臭漂う関西電力の原子力
大飯原発の判決について述べる前に、3・11後に、原発再稼働の先頭を走ってきた関西電力の原子力推進をめぐる腐敗の露呈について触れないわけにはいかない。
2019年9月、関西電力(以下「関電」)の役員・幹部が、高浜町の元助役である森山栄治氏(2019年3月死去)と関連企業(吉田開発と柳田産業)から、長年にわたって多額の金品を受け取っていたことが共同通信の報道によって発覚した。
ことの発端は国税の税務調査である。金沢国税局は、2018年1月に吉田開発の税務調査を行った際に、福井県高浜町の元助役森山栄治氏が工事受注の手数料などとして吉田開発から約3億円を受け取っていたことが判明した。2018年6月に森山氏の自宅を調べたところ、金品を渡した相手の名前や金額などが書かれたメモが見つかった。吉田開発が税務調査の対象となった原因は、吉田開発の売上高が約5年間で6倍にも急増していたためである。金沢国税局の調査によって、森山氏が関電役員らの個人口座へ送金したり、現金入りの菓子袋を届けるなどしていたことが判明した。
森山氏が関電の役員・幹部にどの程度の金品を提供していたかは、関電の社内調査委員会が2018年9月にまとめた。この報告書には、森山氏や吉田開発等から金品を受け取っていた20人の氏名、当時・現在の職位、金品の内容が明らかにされていた。現金(米ドル含む)だけでなく、商品券、金貨、小判型金貨、金杯、金、仕立券付高級スーツ生地など、驚くべき大量の金品が提供されていた。
この報告書そのものが公表されず、報道機関に追及されてはじめて公表されたところに関電の闇の深さがよく表れている。
3. 闇を明らかにした内部告発と調査報道
この闇を明るみに出したのは内部告発者「関西電力良くし隊」の勇気ある行動であった。この文書は福井新聞と朝日新聞にも送られていた。しかし、この告発内容を裏付ける報道が開始されるまでになんと半年の時間を要した。2019年9月26日の共同通信の配信をきっかけとして、洪水のような報道が始まり、各紙の記者による調査報道がさく裂した。私は、この経過は日本のメディア状況を考える上で、示唆的だと思う。担当記者の努力だけではどうにもならないデスクの壁が調査報道を阻んでいることがうかがえる。福井新聞は福井県内自治体や関電との距離が近すぎ、朝日新聞は、吉田調書事件の後遺症で調査報道に極度に慎重になっていたのだろう。影響力を持つメディアには、隠された重要な情報を社会に伝える責務がある。厳しいメディア状況の下で、内部告発文書の送付先には含まれていなかった共同通信が、この問題を真っ先に報道した勇気はいくら誉めても誉め足りない。
関電は報道の翌日である9月27日に記者会見を開いたが、岩根社長は金品を受領した役員・幹部の名前すら公表せず、会見は紛糾した。10月2日に再会見が開かれ、内部報告の内容が公表された。豊松秀己副社長、鈴木聡常務は、いずれも一億円を超える巨額の金品を受領していたことが判明し、市民の憤激が高まった。そして、関西を中心とする全国の市民が「関電の原発マネー不正還流を告発する会」を組織し、12月13日には関電の役員たちを3272人(第二次を合わせた合計は3371人)が刑事告発した。核となっている市民は、もんじゅや関電の原発と闘ってきた市民であるが、その枠を大きく超える多数の市民が参加した。
私自身、この事件の告発状をまとめる過程で、東電が原子力ムラに君臨してきた表の看板だとすれば、関電こそが東電をしのぐ闇の帝王なのではないかと感ずるようになった。こんな社内体制で、原発が安全にコントロールできるはずがないとも痛感した。
刑事告発の対象は、福井県高浜町の元助役・森山氏から金品を受け取っていた関電の役員らであり、告発罪名は特別背任・背任(役員以外)と会社役員収賄罪などであった。
関電の第三者委員会の調査などによると、電気料金の値上げに伴って東日本大震災後に減額していた役員報酬の一部や、金品受領に関し追加で発生した元副社長の税負担分を退任後に補填していたという仰天すべきことも判明した。
さらに関電は2020年6月、取締役としての善管注意義務違反があったなどとして、八木氏ら旧経営陣5名に対して計約19億円の損害賠償を求め大阪地裁に提訴した。関電の個人株主も現旧経営陣ら22人に総額92億円の損害賠償を求める株主代表訴訟を同地裁に起こし、両事件は併行して審理されようとしている。
そして、大阪地検は昨年10月に私たちが提出した告発をついに受理した。今後の捜査の行方が注目される。この関電事件は、原子力が総括原価方式という異常な会計制度の下で、いくら高値で工事を発注しても、消費者から電気料金としてこれを回収でき、高値発注の一部が賄賂として還流され、地域ボス、工事業者、関電幹部らが巨大な利権集団を形成していたことを明るみに出したといえる。
4. 大阪地裁判決の枠組みは伊方最高裁判決そのものだ
このような原子力をめぐる情勢の中で、大飯原発3、4号機の設置変更許可処分を取消した昨年12月4日大阪地裁判決(森鍵一裁判長)は、行政訴訟としては3・11後初めて住民の主張を認めたものである。私は、この判決には、関西電力の腐敗ぶりに対する普通の市民の怒りが投影しているようにみえる。一般には意外な感を持たれた方もいるかもしれないが、後述する原告弁護団から報告されていたこの間の訴訟経過をたどれば、十分予測できた判決内容である。
この裁判で争点となったのは、原発を襲う可能性のある地震動の大きさである。大阪地裁判決は、その判断の枠組みでは、1992年の伊方原発訴訟最高裁判決の枠組みに沿っている。現在の科学技術水準に照らして規制基準に不合理な点がないか、原子力規制委員会の調査審議と判断の過程に看過し難い過誤,欠落があると認められる場合には,変更許可処分は違法となるとしている。そして、規制に適合していることの立証責任は国に課されるとされ、最高裁の判例に忠実な判断が行われている。
5. 基準地震動策定の仕組みと原告たちが提起した問題点
原告は、原発の設計の基準とされる基準地震動が過小評価されているという主張を最大の争点としていた。地震による地盤の揺れ(地震動)は、震源でどのような破壊が起きたか(震源特性)、生じた地震波がどのように伝わったか(伝播経路特性)、対象地点近くの地盤構造によって地震波がどのような影響を受けたか(サイト特性地震波が増幅されることも減衰されることもある)の3つの特性によって決まる。
そして、断層の面積から地震モーメントを導く関係式である「入倉・三宅式」は、多くの原発で地震モーメント(地震規模)を決めるために用いられているが、原告らは、この式のもととなったデータのほとんどが海外のものであり、結果として過小評価となっていることを批判していた。そして、同様の関係式である「武村の式」の方が、合理的であり、審査には武村の式を採用すべきであると主張していた。この点に関しては、「武村式を用いることにも一定の合理性はあるという余地はある」(判決96頁)などの、多少の理解は示したが、電力会社と規制委員会が行っている基準地震動策定の手法そのものに、不合理な要素がありうることを理解したうえで、この論点については、結果として原告の主張は退け、国の採用した経験式が不合理とまでは言えないとした。
そのうえで、経験式の持つばらつきに関して、規制委員会の判断が欠落していることについて審理を進め、違法判断の根拠としたのである。
6. 規制委員会自身が自ら定めた審査ガイドにおいてばらつきの考慮を求めていた
判決は、基準地震動の策定に関する法的な基準について次のように認定している。少しわかりづらいかもしれないが、ここが判決の肝なので、我慢して読んでほしい。
- 設置許可基準規則4条3項は,発電用原子炉施設のうち,一定の重要なものは,基準地震動による地震力に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならないと定めている。
- 基準地震動の策定には,敷地に大きな影響を与えると予想される地震について,震源の特性を主要なパラメータで表した震源モデルを設定しなければならない。
- この点について,規制委員会が定めた内規である当時の「規則の解釈」は,基準地震動の策定過程に伴う各種の不確かさ(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角等の不確かさ並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)については,必要に応じて不確かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること。
- 原子力規制委員会が定めた「地震動審査ガイド」は,「震源、モデルの長さ又は面積,あるいは1回の活動による変位量と地震規模を関連づける経験式を用いて地震規模を設定する場合には,経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認する。その際,経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから,経験式が有するぱらつきも考慮されている必要がある。」(本件ぱらつき条項)と定めている。
7. 3・11を踏まえて付け加えられたばらつき条項には重大な意味があるはずだ
このばらつき条項の意義について、判決は、次のように判示している。この部分は、結論につながる最重要の部分である。
「経験式は,二つの物理量(ここでは,震源断層面積と地震規模)の間の原理的関係を示すものではなく,観測等により得られたデータを基に推測された経験的関係を示すものであり,経験式によって算出される地震規模は平均値である。そこで,実際に発生する地震の地震規模は平均値からかい離することが当然に想定されている。地震規模(地震モーメント)は,震源モデルの重要なパラメータの一つであり,その他のパラメータの算出に用いられるものであって,基準地震動の策定における重要な要素であるといえる。そうすると,経験式を用いて地震モーメントを設定する場合には,経験式によって算出される平均値をもってそのまま震源モデルにおける地震モーメントとして設定するのではなく,実際に発生する地震の地震モーメントが平均値より大きい方向にかい離する可能性を考慮して地震モーメントを設定するのが相当であると考えられる(例えば,経験式を導く基礎となったデータの標準偏差分を加味するなど)。
ただし,他のパラメータの設定に当たり,上記のような方法で地震モーメントを設定するのと同視し得るような考慮など,相応の合理性を有する考慮がされていれば足りるものと考えられる。また,経験式が有するばらつきを検証して,経験式によって算出される平均値に何らかの上乗せをする必要があるか否かを検討した結果,その必要がないといえる場合には,経験式によって算出される平均値をもってそのまま震源モデルにおける地震モーメントの値とすることも妨げられないものと解される。本件ばらつき条項の第2文は以上の趣旨をいうものと解される。
このような解釈は,平成23年3月11日に発生した東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発の事故を受けて耐震設計審査指針等が改訂される過程において,委員から,経験式より大きな地震が発生することを想定すべきであるとの指摘を受けて,本件ばらつき条項の第2文に相当する定めが置かれるに至った経緯とも整合する。」
実は、この中の、検討した結果その必要がないといえる場合には,経験式によって算出される平均値をそのまま地震モーメントの値とすることも妨げられないという判示部分は、控訴審での議論の対象となる部分だろう。そのことの当否も議論しなければならないが、このような慎重な考え方の裁判所が、規制委員会にレッドカードを突き付けた点に、この判決の大きな意義があると私は思う。
8. 裁判所は心証を開示し、国に主張立証を促したが国はまともに回答しなかった
担当弁護団からの報告によれば、大阪地方裁判所(裁判長は判決時と異なる前任者)は2020年1月30日の期日で国に対して次のように求釈明した。
「第一文の規定は、2010年12月22日に定められた「発電用原子炉施設の耐震安全性に関する安全審査の手引き」にある。第二文の規定は、2011年福島の地震のあと2013年できた新規制基準によって定められたものであり、第二文をわざわざ加える意味があったことになる。国の主張では、第二文を加えた意味がないことになる。国は少なくとも標準偏差でばらつきを考慮して基準地震動の数値をだされたい。」と釈明を求めた。
これに対して、被告国は、パラメータ設定について不確かさの考慮をする場合、重ねて経験式の持つばらつきの考慮をする必要がないと主張し、「最大基準地震動856ガルのところ、この算出を前提に標準偏差を加える計算をしなかった。そして、不確かさを考慮していない基本ケースを前提にすると最大基準地震動606ガルであり、地震モーメントに標準偏差σ(シグマ)を上乗せすると810ガルにしかならない」と回答したのである。ばらつきを考慮するとかえって基準地震動は小さくなる回答したことになる。なんと人を小馬鹿にした回答ではないか。大阪地裁判決は、国・規制委員会による不誠実な対応に業を煮やし、そのごまかしを厳しく断罪したのだといえる。
本判決は132ページにおいて以下のように判示している。基準地震動の策定に当たり、入倉・三宅式に基づき計算された地震モーメントをそのまま震源モデルにおける地震モーメントの値としているにもかかわらず、原子力規制委員会は、経験式である入倉・三宅式が有するばらつきを考慮した場合、これに基づき算出された値に何らかの上乗せをする必要があるか否か等について何ら検討することなく、本件申請が設置許可基準規則4条3項に適合し、地震動審査ガイドをふまえているとした。このような原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程には、経験式の適用に当たって一定の補正をする必要があるか否かを検討せずに、漫然と地震モーメントの値を設定した点において、過誤・欠落があると判断したのである。
9. 地震・火山大国での原発稼働は断念すべきだ
原発ごとに、基準地震動の策定のために、どの経験式を使うかは一様ではなく、入倉三宅式だけでなく、松田式、壇ほかの式など様々な式が使われている。しかし、経験式についてのばらつきの考慮とパラメータ設定についての不確かさの考慮を重畳させないやり方は、全国の原発で共通しており、この判決は全国に波及効果がある。
福島原発事故から10年、3・11後の原発の再稼働をめぐる訴訟は予測される地震や火山爆発に対して原発の安全性が確保できるかが重大な争点となってきた。3・11後に原発の再稼働について原告の請求を認めた裁判例は大阪地裁判決前に既に6例に及ぶが、2015年4月14日の高浜原発3、4号機について、運転の差し止めを命じる仮処分決定(樋口英明裁判長)は、原発の基準地震動を地震の平均像を基に策定することに合理性は見い出し難いから、基準地震動はその実績のみならず理論面でも信頼性を失っていると批判していた。伊方原発の運転の差し止めを認めた2020年1月17日広島高裁即時抗告審決定(森一岳裁判長)も地震対策と火山灰対策の不備を指摘したものだ。
大阪地裁判決を書いた森鍵裁判長は最高裁の行政局で働いていたこともあるエリート裁判官である。その判断も最高裁の判例に従ったオーソドックスなものだ。この判決を受けて規制委員会は秘密会を開き、判決への対応を議論し、12月17日この判決に不服として大阪高裁に控訴した。しかし、原発の安全性を確保することを任務とする規制委員会が行うべきことは、裁判所の指摘を受け容れて基準地震動の策定について、抜本的な見直しを行うことである。そして、その耐震補強にかかる経費の負担に耐えられないとすれば、電力会社は自ら脱原発を選択するしかなくなるだろう。最初から地震・火山大国での原発稼働は断念すべきだったのだ。
10. 福島原発事故から10年、福島をどう総括し、原発に終止符を打っていくのか
原発事故後、2019年9月に、東京地裁で、原発事故後に、私が告訴と検察審査会申立の代理人、被害者遺族代理人として取り組んできた「東電刑事裁判」の無罪判決が言渡された。この事件について昨年9月には検察官役の指定弁護士からの控訴趣意書が提出され、まもなく高裁での審理が始まる。私は、昨年12月に『東電刑事裁判 福島原発事故の責任を誰がとるのか』(彩流社)を公刊した。福島原発事故からまもなく10年、福島原発事故とは何だったのか、この事故はどうすれば未然に防ぐことができたのかを刑事裁判の証拠をもとに掘り下げ、この10年の総決算だと考えてまとめたものである。その内容に言及する紙数はないが、この事件は、今年には高裁の審理を迎える。同時に並行して進めてきた東電役員5名の民事責任を問う東電株主代表訴訟については、今年の2月から夏まで専門家証人4人、被告ら5人の集中証拠調べが実施されることとなっている。
11. 原発に高い安全性を求めた生業訴訟仙台高裁判決
昨年9月30日には仙台高裁で、上述した刑事裁判で明らかにされた証拠を駆使して、福島原発事故について国と東電の津波対策の放棄を断罪した判決が下された。まず、仙台高裁判決は、原発事故の危険性と求められる安全性について、次のように判示する。
「原子力発電所の安全性が確保されず,ひとたび設備の損傷等により事故が発生すると,人体等に有害な放射性物質が発電所の内外に漏出して,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼすとともに,周辺の環境を放射能によって汚染し,避難等に伴って住民の生活やコミュニティを破壊するのであり,さらに,放射性物質が極めて長期にわたって漏出した場所に残存することから,生活やコミュニティの再構築を著しく困難にさせるといった,深刻な災害を引き起こすおそれがあるものである。」
「上記(1) の各法令は,原子力発電所の有する上記のような危険性等を踏まえ, 原子力発電所が引き起こすおそれのある重大な事故及びそれによる深刻な災害を万がーにも起こさないようにするためのものであると解されることなどからすれば, 原子力事業者である一審被告東電は,福島第一原発を設置,稼働するに当たり,少なくとも,同原発周辺に居住しその事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民との間で,原子力発電所による重大な事故及びそれによる深刻な災害を起こして,当該住民の生命・身体,財産,平穏に生活する権利等を侵害しないようにするべく,原子力発電所の安全性を維持する義務を負っていたというべきである。(最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決・民集46巻7号.1174ページ[伊方原発訴訟], 最高裁判所平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571ページ[もんじゅH4訴訟])
この仙台高裁判決の打ち立てた規範こそが、伊方最高裁判決を正当に受け継ぎ、福島原発事故を経験した司法が示しえたスタンダードであり、これからの原発をめぐるあらゆる訴訟において裁判所がよって立つべき原子力安全性の確保についての規範であると考える。
12. 推本の長期評価には津波対策を基礎づける信頼性が備わっていた
推本の長期評価の信頼性についても、仙台高裁判決は、数多くの根拠を具体的に示し、被告国や被告東電の主張を子細に吟味したうえで、次のように結論付けている。
「「長期評価」の見解の信頼性を論難する一審被告国の主張は,いずれもそのまま採用することはできないといわざるを得ず,これらの主張を踏まえても,「長期評価」の見解は,一審被告国自らが地震に関する調査等のために設置し多数の専門学者が参加した機関である地震本部が公表したものとして,個々の学者や民間団体の一見解とはその意義において格段に異なる重要な見解であり,相当程度に客観的かつ合理的根拠を有する科学的知見であったことは動かし難く,少なくとも,これを防災対策の策定において考慮に値しないなどということは到底できなかったというべきである。」(仙台高裁判決196ページ)
「長期評価の見解における知見が『規制権限の行使を義務付ける程度』に至っているかどうかという観点から重要なのは、福島県沖にも津波地震が起きると考えるべきかどうかであって、その地震が起こるメカニズムの詳細ではない。平成16年度及び平成20年度に土木学会津波評価部会において実施されたアンケートの結果に照らしても、地震学者の間では、福島県沖海溝領域では津波地震は起きないという見解より同領域を含むどこでも起きるとする見解の方が有力だったと認められる。過去の地震の詳細が不明であることを理由に、『福島県沖にも津波地震が起きる』と考える『長期評価』の見解を防災対策において考慮しないとすることが正当化されるものではない。」と述べている(仙台高裁判決181ページ)。このとおりであったといえる。
13. 東電・国を刑事裁判で明らかにされた証拠によって断罪した仙台高裁判決
2008年7月、武藤氏ら東電の役員らは、同年2月に決まっていた津波対策をとるという方針を覆し、対策を見送った。この見送りこそが、東電の最大の過失であることは、多くの損害賠償判決で的確に認められてきた。仙台高裁の生業訴訟判決はこの点について、次のように判示する。
(津波対策見送りの決定の後、たとえば、)「(高尾は)『確かに、 WG の阿部先生や今村先生等、 津波評価部会の首藤先生、 佐竹先生等に対する説明内容は思い浮かびますが、世間(自治体、マスコミ……)がなるほどと言うような説明がすぐには思いつきません。』と記載し、東電の内部メールにおいて、(酒井は) 『推本は、十分な証拠示さず、『起こることが否定できない』との理由ですから、 モデルをしっかり研究していく、でよいと思いますが、上記869 年(引用者注:貞観津波のこと)の再評価は津波堆積物調査結果に基づく確実度の高い新知見ではないかと思い、これについて、さらに電共研で時間を稼ぐ、は厳しくないか?』と記載していたことなどが認められる。」
「これらの記載からは、『いくらなんでも、現実問題での推本即採用は時期尚早ではないか』という表現に端的に現れているように、東電が、『長期評価』の見解や貞観津波に係る知見等の、防災対策における不作為が原子炉の重大事故を引き起こす危険性があることを示唆する新たな知見に接した場合に、その知見を直ちに防災対策に生かそうと動くことがないばかりか、 その知見に科学的・合理的根拠がどの程度存するのかを可及的速やかに確認しようとすることすらせず、 単にその知見がそれまでに前提としていた知見と大きな格差があることに戸惑い、 新たな知見に対応した防災対策を講ずるために求められる負担の大きさを恐れるばかりで、 そうした新たな防災対策を極力回避しあるいは先延ばしにしたいとの思惑のみが目立っているといわざるを得ないが、 このような東電の姿勢は、 原子力発電所の安全性を維持すべく、 安全寄りに原子力発電所を管理運営すべき原子力事業者としてはあるまじきものであったとの批判を免れないというべきである。」と認定している(仙台高裁判決151ページ)。
勝俣、武黒、武藤被告人ら、さらには株代訴訟の被告とされている清水、小森氏らには、経営にあたって、原子力発電の安全を維持するという善管注意義務、そのために的確な情報を収集する義務、リスク管理体制構築義務を負っていた。2008年の6~7月の津波対策先送りの決定は、これらの被告に課されていた義務に反するものであった。被告らには、津波対策を決定し、速やかにこれを完成させるべき法的な義務があった。
仙台高裁が糾弾するとおり、被告らには、「その知見に科学的・合理的根拠がどの程度存するのかを可及的速やかに確認しようとすることすらせず、 単にその知見がそれまでに前提としていた知見と大きな格差があることに戸惑い、 新たな知見に対応した防災対策を講ずるために求められる負担の大きさを恐れるばかりで、 そうした新たな防災対策を極力回避しあるいは先延ばしにしたいとの思惑のみが目立」つ根本的な過ちを犯したのだ。
民事と刑事との違いはあるが、仙台高裁判決が東京地裁の刑事無罪判決を実質的に覆したものであることがわかっていただけたものと思う。この判決を下した上田哲裁判長も最高裁の調査官出身のエリート裁判官である。
14. 原発をめぐる訴訟は、この二判決により潮目が変わり、最高裁を照準に捉えた
私は、この大阪地裁判決と仙台高裁判決は、裁判の種類も争点も全く異なるが、司法の世界において主流を歩んできた裁判官が勇気を奮って原発の虚像を明らかにした点で、脱原発の闘いの潮目を変えた判決だと考える。
司法の力で原発を止めていく闘いは福島原発事故から10年を経て、この仙台高裁判決に対して国が上告した事件についての最高裁での審理もはじまり、まさに天王山に差し掛かった。そして、この二つの判決が伊方最高裁判決の規範を基礎として、国の原子力規制を共に断罪したことには、画期的な意義がある。
今年の3月18日には、水戸地裁で東海第二原発の差し止めを求める訴訟の判決が、また、昨年1月17日に伊方原発の運転差止が認められた広島高裁即時抗告審決定の同裁判所における異議審の決定が、それぞれ下される。福岡高裁の川内原発行政訴訟の控訴審の審理も大詰めを迎えている。福島原発の事故収束にあたった労働者である「あらかぶ」さんの労災損害賠償訴訟(東京地裁)などの重大事件の審理も重要な段階を迎えている。
私は、自民党政権のもとであっても、法廷の内外での闘いを有機的に結び付け、心ある裁判官を説得して重要裁判で勝利し、最高裁で勝つことで、斜陽の原子力産業を退場させ、脱原発の途を確実なものとしていくことは十分可能であり、現実的な闘いの方向性であると思う。
脱原発を願う多くの皆さんと力を合わせ、2021年を脱原発に向けて、確実な前進の年としたい。
【 参照していただきたい文献 】
本稿に述べた背景にある、私の原発に求められる安全性に関する考察については、『原発訴訟』(2011年、岩波新書)、「独立した司法が原発訴訟と向き合う③─伊方原発最高裁判決の再評価 福島原発事故を繰り返さぬための裁判規範を求めて─」(判例時報 No.2354 平成30年2月11日号)、「伊方原発広島高裁決定の意義と今後の課題」(判例時報2357・2358号 平成30年3月11・21日号)、中野宏典・海渡雄一「伊方原発訴訟のいま──火山巨大噴火の危険性と避難計画の不合理性を認めながら再稼働を認容」(判例時報 2393・2394号 平成31年3月11・21日号) 、「災害列島の原発に求められる安全性-脱原発訴訟における憲法の役割-」(『憲法研究』第6号 2020年5月、信山社)などを参照されたい。
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