脱原発の国民合意を覆し、原子力政策を3.11前に逆転させるGX脱炭素電源法案に反対する
脱原発弁護団全国連絡会
共同代表 弁護士 河合 弘之
共同代表 弁護士 海渡 雄一
第1 3.11前に原子力政策を先祖返りさせるGX脱炭素電源法案
1 GX脱炭素電源法案の提案
3月30日、5つの法律改正案を束ねた「GX脱炭素電源法案」(脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案)について衆議院本会議で趣旨説明が行われました。束ねられているのは、原子力基本法、原子炉等規制法、電気事業法、再処理法、再エネ特措法の改正案です。
私たち脱原発弁護団全国連絡会は、原子力の推進は、深刻な事故を引き起こす恐れがあり、また、経済的にも合理性がなく、反対する立場です。
しかし、このような立場に立たなくとも、この法案は、2011年3月に発生した福島原発事故の深刻な被害を経て、これに対する反省から選択されてきた、緩やかな脱原発政策という国民的な合意を、ウクライナ危機などを理由に反故にするものであって、許されないものです。
2 福島原発事故の、広範な被害を教訓としなければならない
まず、我々は何を忘れてはならないのかを確認しておきます。
第1に、原発技術は巨大な危険性を内包しており、ひとたび重大事故が起きれば、膨大な放射性物資が環境中に放出され、市民の生命健康に被害を与えるだけでなく、広範な地域の放射性物質による深刻な汚染をもたらし、放出の規模によっては国の崩壊すら招きかねないのです。
3 原子力規制の政府からの独立の重要性
原子力規制を厳格に実施するという新しい規制制度は、福島原発事故の反省の最重要ポイントです。政府事故調は、原子力安全規制機関の在り方について、「独立性と透明性の確保」を特に重要な課題として指摘しています(政府事故調中間報告500ページ以下)。
「原子力安全規制機関は、原子力安全関連の意思決定を実効的に独立して行うことができ、意思決定に不当な影響を及ぼす可能性のある組織から機能面で分離されていなければならない。これは、IAEA の基本安全原則も強調するところである。(中略)原子力安全規制機関について原子力利用の推進機能からの独立性を高めることは、安全規制機関が十分な機能を発揮し国民の信頼を回復する上で極めて重要であると当委員会も考える。
これと同時に、新たな安全規制機関を実効性のある規制機関とするためには、政府内の位置付けを変えるだけでは不十分である。すなわち、新たな安全規制機関に対し、原子力安全に関与する組織として自律的に機能できるために必要な権限・財源と人員を付与すると同時に、国民に対する原子力安全についての説明責任を持たせることが必要である。」としています。
次の原発事故を未然に防ぐためには、脱原発・既設炉の廃炉を進めていくとともに、原発に厳しい安全性を求め、基準に適合しない原発にはレッドカードを出せる、真に政府から独立した規制機関が必要なのです。ところが、現在進行している岸田政権の原子力推進策は、この基本を完全に否定し、原子力規制を3.11以前に引き戻そうとするものです。私たちは、次なる重大事故を招き寄せる、岸田原発推進政策を認めることはできません。
4 他に安全で合理的な発電方法があれば、脱原発を選択すべき
原子力は、あくまでエネルギーをもたらす技術であり、これを核兵器として利用することは原子力基本法によって禁止されています。原発技術は巨大な危険性を内包しているのですから、それを厳しく規制して安全性を確保できる技術が確立されているとしても、他の発電技術があり、それが経済的にも合理的なものであれば、脱原発こそが当然の政策選択となるべきです。この当然のことを確認したのが、2011年原発事故直後におけるドイツのメルケル首相の下で、脱原発方針を改めて確実なものとした倫理委員会の判断でした。
このことは、原子力を選択しなかった国たとえばオーストリア・イタリアなどにおいては、急速に現実のものとなっています。また、原子力をひとたび選択した国の中でも、ドイツや台湾などでは脱原発は現実のものとなりつつあります。
5 民主党政権のもとで、野党の自民党・公明党も合意して決められた緩やかな脱原発政策
日本のように政官財学マスコミの堅固な「原子力ムラ」が国の支配構造を牛耳っている国では、経済の論理だけで、脱原発を進めることは困難です。脱原発を進めるには何らかの公的な意思決定が必要なのです。
原発事故の約1年半後2012年9月14日、民主党政権は、国民からの意見聴取などに基づき、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とする」との目標を掲げた「革新的エネルギー・環境戦略」を決定し、1)原発運転を40年に制限、2)新増設せず、3)安全確認を得た原発のみ再稼働―の3原則を明記する閣議決定をしました。脱原発法の制定を求める市民の声が高まり、多くの国会議員の共同で法案が国会に提出される状況の中で、経済産業省を含めて、すべての省庁がこの方針に合意して、この方針が示されました。安倍政権と菅政権は、少なくとも表向きには、この政策を引き継いできました。ですから、岸田政権の新原子力政策は、福島原発事故被害の教訓を忘却し、原子力政策を根底から転換しようとするものであるといえます。この時期に、東京高裁が福島原発事故を完全に忘れたような判決(2023年1月18日東電元役員らの刑事裁判抗告審判決)を下したのは、不吉な暗合と言えます。
6 国民・国会不在で決められたGX実行会議の新原子力政策
2022年12月8日の原子力小委員会で示された「今後の原子力政策の方向性と実現性に向けた行動指針(案)」(以下、「行動指針」)は、12月16日の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会で了承され、これを受け、12月22日の第5回GX実行会議で方針が採択されました。そして、この政策を実現するためにGX束ね法案が2023年通常国会に提出されています。
岸田政権が定めようとしている政策は、1)原発再稼働の加速、2)原発の運転期間の延長、3)「次世代革新炉」の開発・建設の3点に集約されます。原発の運転期間延長と「次世代革新炉」の開発・建設は、民主党政権はもとより、安倍政権、菅政権においても示されなかった前のめりの原発推進方針であるといえます。原子力政策は3.11前に先祖返りしつつあるのです。
また、この内容は、2021年10月に閣議決定したばかりの「第6次エネルギー基本計画」にも記載が無いもので、自公政権において「原発依存度を出来る限り低減する」としてきた歴代の政府方針を完全に覆したものです。岸田政権は、福島原発事故後、緩やかではあるが、原発利用をやめていこうとしてきた、これまでの自公政権においても踏襲されてきた段階的な脱原子力政策を福島原発事故以前に戻そうとしているのです。
第2 束ね法案の法案ごとの問題点
1 原子力基本法に「国の責務」について詳細に書き込み、原子力産業を国が手厚く支援しようとするものだ
原子力基本法の改正については、「国の責務」が詳細に書き込まれ、国営原発推進路線が打ち出されています。
「再エネ特措法」など他の法律とのアンバランスが著しく、「原子力」のみを特別扱いしています。
エネルギーの安定供給や、エネルギー部門における脱炭素化は、原子力のみならず総合的に考慮すべきであるため、「エネルギー政策基本法」で十分に対応できます。
本来、原子力事業者が自らの責任で実施すべき内容を、国が肩代わりすることになり、結果的に原子力事業者を過度に保護する内容となり、モラルハザードを生みかねません。
原発の事故やトラブルが電力供給に及ぼす影響、ウラン燃料は100%輸入依存であることなどを考慮すれば、むしろ原発はエネルギー安定供給に反する結果を生みかねないのです。
2 原子力基本法に運転期間について規定することは本末転倒
原子力基本法改正案(第16条の2 第2項)において、「運転期間に係る規制は、(中略)原子力の安定的な利用を図る観点から措置する」としています。これは、運転期間の上限を原子炉等規制法から外し、電気事業法に新たに盛り込むこととの整合性をとるための改正でなのですが、個別法にあわせて原子力基本法を改正することは本末転倒そのものです。
3 原子炉等規制法の運転期間上限を削除することには立法事実なし
原子炉等規制法の改定において、現行の運転期間を原則40年にするという規定(第43条の3の32)を削除しようとしています。
2012年当時、運転期間上限に関する定めは、明らかに「規制」の一環として原子炉等規制法に盛り込まれました。このことは、今国会において岸田首相も認めているとおりです。
その後、運転期間の上限を撤廃しなければならない理由、そのような政策転換を基礎づける立法事実が生じたわけではありません。
政府は、運転期間の上限について「利用側の政策」として整理したと説明し、その根拠として、原子力規制委員会の令和2年7月29日の文書(「運転期間延長認可の審査と長期停止期間中の発電用原子炉施設の経年劣化の関係に関する見解」)をあげています。しかし、当該文書の主旨は、運転期間から長期停止期間を除外することは適切ではないというものであり、策定過程において、運転期間の上限の撤廃の可否について委員の間で議論が行われたものではありません。立法事実にはなりえないものです。
4 原子炉等規制法・電気事業法の改正は安全規制の緩和につながる
今回提案されているのは、運転期間の上限に関する規定を原子炉等規制法から電気事業法に移し、原発の運転期間の延長については、経済産業大臣が認可を行うことです。認可にあたっては、電力の安定供給を確保することに資すること、事業者の業務実施態勢を有していることなど利用上の観点から判断するとしています。
政府は、原子炉等規制法に30年を超える原発の劣化評価を規定することにより、規制は強化されるとしています。しかし、従来から、30年超の原発に対する10年ごとの劣化評価は、高経年化技術評価として行われてきました(原子炉等規制法第43条3の22第1項の下の「実用発電用原子炉の設置,運転等に関する規則」)。今回、これを法律に格上げすることになりますが、基本的には、従来の制度の延長線上であり、新しい制度というわけではありません。
すなわち、今回の改定は、運転期間の上限規定を原子炉等規制法から削除することとなりますが、安全を担保するための制度を新規に追加するわけではなく、原子力規制委員会の権限を縮小し、規制を緩和するものです。
5 電気事業法において、長期停止期間を運転期間から除外することには合理性がない
今回、原子炉等規制法から、電気事業法に運転期間の延長に関する認可が移されますが、1)関連法令の制定・変更に対応するため、2)行政処分、3)行政指導、4)裁判所による仮処分命令、5)その他事業者が予見しがたい事由――によって運転停止を行っていた期間については運転期間から除外できることになります(電気事業法第27条の29の2第4項)。
しかし、たとえ運転の停止が事業者にとって他律的な理由でもたらされたものであったとしても、当然、経年劣化は進行します。また、利用側の観点に立ったとしても、これらの停止期間を運転期間から除外できるとする合理的な理由は見当たりません。さらに、この運転停止事由に関してはそれぞれ当時運転停止を命令もしくは要請すべき社会的なあるいは法令上の理由があり、運転停止の必要がなかったと経済産業省が認定することは適切ではありません。
6 重要法案を束ねて議論することは不当であり、各法案ごとに慎重に審議すべきである
最後に、原子力基本法を含む5つもの法律の重大な修正案を「束ね法」として審議するという提案方法そのものが、国会での議論ひいては民主主義的な政策決定のあり方を軽視したものです。各法案について個別の審議を強く求めるものです。
※トップの写真 共同代表の河合弘之弁護士、海渡雄一弁護士(2023年1月18日東京高裁前)
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